« 前後ありといへども、前後際断せり (正法眼蔵 現成公案) | トップページ | 自己をはこびて万法を修証するを迷いとす、万法すすみて自己を修証するはさとりなり。 (正法眼蔵 現成公案) »

2010年7月11日 (日)

感応道交するところに、発菩提心するなり。(正法眼蔵 発菩提心)

「感」は衆生が仏菩薩の救済しようとする心を感じることを意味し、「応」は仏菩薩がさとりをもとめる衆生の願いに応ずることをあらわします。「道交」とは衆生と仏菩薩の心が行き交い、共鳴することです。「菩提心」とは、さとりを求める心で、「発菩提心」は、さとりを求める心を起こすことです。何かに触れて心を動かし、何かをやろうと決心する。

似たような言葉に「卒啄同時」があります。ヒナが殻を突き破る時に、母鳥も口ばしで殻をつつき、ヒナが孵るのを手伝うことです。師匠と弟子が感応道交する。親と子が感応道交する。カウンセラーとクライアントが感応道交する。それによって弟子や子やクライアントが何かのきっかけをつかむ。そんな出会いをしたいものです。

« 前後ありといへども、前後際断せり (正法眼蔵 現成公案) | トップページ | 自己をはこびて万法を修証するを迷いとす、万法すすみて自己を修証するはさとりなり。 (正法眼蔵 現成公案) »

道元禅師」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 前後ありといへども、前後際断せり (正法眼蔵 現成公案) | トップページ | 自己をはこびて万法を修証するを迷いとす、万法すすみて自己を修証するはさとりなり。 (正法眼蔵 現成公案) »