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2010年6月22日 (火)

同事というは不違なり、自にも不違なり、佗にも不違なり (正法眼蔵 菩提薩埵四摂法)

同事ということは、区別や差別をつけないことです。自分に対しても他人に対しても区別や差別をしない。逆に言うと、自分を認め、他人を認めることです。

カール・ロジャーズはカウンセラーの必要にして十分な条件として、受容・共感・自己一致を挙げています。

「受容」とは、相手をそのまま受け入れること。どんな相手であっても、あるいはその人の考え方や行動が容認できなくても、選択したり、評価することなく、すべてを受け入れることです。

「共感」とは、相手の見方、感じ方、考え方を、その人の身になり立場になって、見たり、感じたり考えたりすることです。

「自己一致」とは、うわべを飾ったり、見せかけの態度でなく、ありのままの自分でいるということです。

他人を認めるのは、「受容・共感」。自分を認めるのは、「自己一致」です。「自にも不違なり、他にも不違なり」は、「受容・共感・自己一致」といってもいいかと思います。

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コメント

和歌山で古文書を学習している者です。
メンバーの家に残っていた掛け軸の文字にみんなで悪戦苦闘!
「不違」をあなたさまのココログにて発見し、お便りしています。
お恥ずかしい話ですが、「不違」は仏教や孔子の学問の中では使われる言葉だということも初めて知りました。
まだまだ掛け軸の文字の全容は不明だらけですが、その中の「不違」も含め、「不定」「違行」「行人」などの文字から仏教に関する内容が書かれているのやも…と推察中です。
掛け軸の最後に「不違」と書かれています。この書の筆者であるかのように…いやはや本当に知らぬことが多いことに自分で驚きます。

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