« 「仏道をならふというふは、自己をならふなり。」(正法眼蔵 現成公案) | トップページ | 第二の箭を受けず »

2010年6月 7日 (月)

退亦佳矣

竹俣高敏さんが書かれた「退亦佳矣」(文雅堂銀行研究所)を読みました。「退亦佳矣」は、「退くも亦佳し」と読みます。お釈迦さまが霊鷲山で法華経を説かれようとした時、一部のものが退席したのに対し、そのまま許された故事によります。

本の内容は、松本貢介という日立製作所の常務であった方が道元禅師を通じて仏教に魅されていく過程が述べられています。坐禅を四聖諦の見方で解釈している所が印象的でした。

 苦諦の立場(頭でものを考えて理解しようとする見方):非思量

 集諦の立場(感覚を通して外界を観察することによる見方):正身端坐

 滅諦の立場(実際に行なうことによる見方):身心脱落

 道諦の立場(現実を受用する見方):打成一片

« 「仏道をならふというふは、自己をならふなり。」(正法眼蔵 現成公案) | トップページ | 第二の箭を受けず »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 退亦佳矣:

« 「仏道をならふというふは、自己をならふなり。」(正法眼蔵 現成公案) | トップページ | 第二の箭を受けず »